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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)4902号 判決 1996年2月20日

原告

杉田喜久子

ほか三名

被告

林達也

ほか二名

主文

一  被告林達也は、原告杉田喜久子に対して金六一二万一八二四円及びこれに対する平成五年六月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告杉田伸代、原告杉田隆、原告杉田律子に対して各二〇四万〇六〇八円及びこれに対する平成五年六月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日動火災海上保険株式会社は、被告林達也と連帯して、原告杉田喜久子に対して金六一二万一八二四円及びこれに対する平成六年六月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告杉田伸代、原告杉田隆、原告杉田律子に対して各二〇四万〇六〇八円及びこれに対する平成六年六月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告協栄生命保険株式会社は、原告杉田喜久子に対して金三〇〇万円及びこれに対する平成六年六月一〇日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

四  原告らの被告林達也、被告日動火災海上保険株式会社に対するその余の請求はこれを棄却する。

五  訴訟費用は、被告林達也、被告日動火災海上保険株式会社の関係では、これを一〇分し、その六を原告らの、その余を被告らの負担とし、被告協栄生命保険株式会社の関係では被告の負担とする。

六  この判決は第一乃至三項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告林達也は、原告杉田喜久子に対して金一九六七万五六三七円、原告杉田伸代、同杉田隆、同杉田律子に対し各金六五五万八五四五円及び右各金員に対する平成五年六月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日動火災海上保険株式会社は、原告杉田喜久子に対して金一五六〇万円、原告杉田伸代、同杉田隆、同杉田律子に対し各金五二〇万円及び右各金員に対する平成六年六月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告協栄生命保険株式会社は、原告杉田喜久子に対して金三〇〇万円及び右金員に対する平成六年六月一〇日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、広い道路を進行する原動機付自転車と狭い道路を進行する自動二輪車が、交通整理の行われていない交差点で出会い頭に衝突し、自動二輪車を運転していた者が傷害を受け、事故三日後にクモ膜下出血となつて死亡したものであり、死亡と事故との因果関係が争われた事案である。

一  争いのない事実及び証拠により認められる事実

1  交通事故の発生

(一) 発生日時 平成五年六月二五日午後〇時四五分頃

(二) 発生場所 大阪府東大阪市足代三丁目三番七号先交差点

(三) 関係車両 訴外亡杉田伸一(以下「亡伸一」という。)運転の自動二輪車(大阪市城き八一二四、以下「原告車」という。)被告林達也(以下「被告林」という。)運転の原動機付自転車(大阪市生つ八六七五、以下「被告車」という。)

(四) 事故態様 被告林運転の原動機付自転車と亡伸一運転の自動二輪車が交通整理の行われていない交差点で出会い頭に衝突し亡伸一が傷害を受けた。

2  損害填補

原告らに対して自賠責保険金六万五四二〇円が支払われている。

二  争点

1  過失、過失割合

(一) 原告らの主張

被告林は、被告車を運転して本件事故現場交差点(以下「本件交差点」という。)に進入するに際し、赤信号を無視し、前方注視を怠り漫然時速四〇キロメートル以上の速度でセンターライン付近を走行した過失により本件事故を発生させた。

(二) 被告林の主張

本件事故は、亡伸一が一旦停止、安全確認を怠り、渋滞車両の間から被告車の走行する右折専用レーンに飛び出したことによるものである。

従つて、被告林には過失がない。仮にあるとしてもその過失の程度は一割を超えるものでなく、相当程度の過失相殺がなされるべきである。

また亡伸一は、ヘルメツトを着用せず、あるいは衝突転倒により容易に脱げてしまうような不適当な着用をしていたものであり、右の点も過失相殺について考慮すべきである。

(三) 被告協栄生命保険株式会社(以下「被告協栄生命」という。)の主張

本件事故現場は、原告車から見て左右の見通しが不良であり、また交通が頻繁な場所であること、更に南北道路が優先道路であるので、亡伸一は先ず右方からの進行車両がないことを充分確認すべきであるのにもかかわらずその確認を怠つて横断しているのであり、亡伸一が一旦停止して左右を確認をしていれば容易に事故は回避できたと思われるので、亡伸一には本件事故発生についての重大な過失がある。

2  死亡との因果関係

(一) 原告らの主張

亡伸一は、本件事故により頭部打撲、挫創、頸部捻挫等の傷害を負い、平成五年七月三日に死亡したが、死亡原因は脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血であり、脳動脈瘤破裂は亡伸一が本件事故による肉体的、精神的ストレスが誘因となつて起きたものであつて、亡伸一の死亡は本件事故によるものである。

(二) 被告らの主張

亡伸一の脳動脈瘤破裂は、本件事故によるものではない。

脳動脈瘤は外傷性の他に先天性、動脈硬化性、梅毒性、細菌性など諸種のものがあり、特に動脈硬化性の脳動脈瘤破裂は五〇乃至六〇歳に好発するもので、亡伸一の脳動脈瘤を本件事故による外傷性のものとすることはできない。

3  被告協栄生命保険株式会社(以下「被告協栄生命」という。)の責任

(一) 原告らの主張

亡伸一は、大阪府商店街振興組合連合会のグループ共済に加入しており、右引受保険会社は被告協栄生命であり、本件事故で死亡したので、右保険の災害死亡保険金六〇〇万円(内三〇〇万円は支払い済である。)を請求することができる。

(二) 被告協栄生命の主張

勤労者団体保険災害保障特約によれば、被保険者が「不慮の事故によつて死亡した場合に所定の給付を行う。」と規定しており、亡伸一の死亡は本件事故によるものではなく、既往症としての脳動脈瘤が軽微な外因によつて悪化して破裂したものであつて「不慮の事故によつて死亡した場合」とは言えない。

また、前記特約第一四条、第一項一号には「被保険者の死亡が保険契約者または被保険者の故意または重大なる過失によるときは、保険金を支払わない。」旨規定がある。

本件事故は、前記被告協栄生命の主張のとおりであり、亡伸一には重大な過失があるので、被告協栄生命には原告ら請求の保険金の支払い義務がない。

第三争点に対する判断

一  本件事故の概要

証拠(甲一乃至一七、検甲一乃至一二、乙一乃至七、丙一乃至五、証人杉田英與、同鈴木廣一、原告杉田律子、被告林各本人)によれば、以下の事実が認められる。

本件事故が発生した現場交差点(以下「本件交差点」という。)は、南北に通じる片側二車線の道路(以下「南北道路」という。)と東西に通じる道路が交差する信号機により交通整理の行われていない交差点で、市街地にあり、交通は頻繁で、南北道路は車道幅員約一一メートル、東西道路は四メートル、路面は平坦、アスファルト舗装され、乾燥しており、交通規制は、東西道路は最高速度規制が時速二〇キロメートル、東西道路が東行き一方通行、南北道路が追越しのための右側部分はみ出し禁止となつている。

本件交差点の南北道路の北側約三〇メートルには、信号機により交通整理の行われている交差点(以下「北方交差点」という。)があり、南方にも信号機により交通整理の行われている交差点(以下「南方交差点」という。)があり、南北道路の北向き右側車線(以下「第二車線」という。)は、北方交差点での右折のための車線となつている。

被告林は、自動車の免許を取る目的で、自宅から自動車教習所へ行くために、被告車で本件交差点に向けて進行していたが、本件交差点の北にある北方交差点を右折しようとして第二車線に入り、実況見分調書添付の別紙現場見取図(以下「現場図」という)<ア>点で北方交差点の信号機の表示が赤色であることを確認し、<イ>点で右折の合図をし、北方交差点の信号が赤であつたことと、北向の車が渋滞していて、甲車の他に二、三台が信号待ちをしていたこともあつて、亡伸一運転の原告車を発見したのは第二車線の右折レーンに入つてからのことであり、<ウ>点で危険を感じたが、<エ>点で原告車の前輪タイヤと被告車の前輪タイヤが衝突し、被告車は<オ>点に、原告車は<5>点にそれぞれ転倒して停車した。

他方、亡伸一の実況見分調書における指示説明によると、亡伸一は東西道路を西から東に向けて進行し、<1>点で本件交差点手前の一旦停止の標識を見て減速し、<2>点で一旦停止したが、この時渋滞でA車と甲車の普通乗用自動車が停車していたが、北方交差点の信号機の表示が赤であつたので原告車を発進させ、<4>点で被告車を発見したものの×点で衝突した、と供述している。

被告車の速度について、被告林は、公判廷で南方交差点を通過したときには時速四〇キロメートルであるが、現場図<ア>点でアクセルを緩めたと供述しており、衝突地点での速度は三〇キロメートル程度であつた、と主張する。

しかし、被告林が<ア><イ><ウ>と進行した際、徐行運転はしていないと供述していることや、被告車が衝突してから一〇メートル先で転倒していたことからすれば、衝突時の被告車の速度は減速がなく、時速四〇キロメートル程度であつたと推定することができる。

原告は、被告林が第二車線を進行したことは、道路交通法一八条の左方通行義務に違反する、と主張するが、被告林は北方交差点で右折しようとして第二車線を進行したのであり、第二車線は本件交差点手前から中央ゼブラゾーンがあつて右折専用車線となつていて、被告林は右折専用車線を進行したのであるから、何ら道路交通法所定の左方通行義務に違反することはない。

被告は、亡伸一が衝突時にヘルメツトを着用していないか、または衝突によりたやすく脱げてしまうような不適当な着用の仕方をしていたと主張するが、検甲八乃至一〇から当時亡伸一がヘルメツトを着用していたことは認められるし、着用方法については、不適当な着用方法であると認められる立証がなされていない。

二  過失、過失割合

本件事故について、被告林には、本件交差点を進行するに際し、前方にある北方交差点に信号待ちの車が停車していたのであるから、東西道路から進行する車に注意して進行しなければならないのにもかかわらず漫然と減速せずに進行した過失があり、他方亡伸一には、道路幅の狭い東西道路から道路幅の広い南北道路に出るに際し、南北道路には停車車があつたことから、その間を進行してくる車両のあることも予測されるのであるから、右方向を確認したうえ進入しなければならないのにもかかわらず、そのまま進行した過失がある。

亡伸一と被告林の過失割合は、南北道路が東西道路に対して明らかに広い道路であること、亡伸一は交差点で減速して進行したが、被告林は減速しなかつたこと、本件交差点の直ぐ北方の交通整理の行われている交差点の信号機の表示が赤であり、他の車両は停車していたこと等を考慮すると、亡伸一、被告林の過失の程度は各々五〇パーセントの割合である。

三  事故による受傷と死亡の因果関係

亡伸一は、本件事故により、頭部打撲挫創、右肘及び背部打撲、右肘挫創頸部捻挫の傷害を受け、平成五年六月二五日から同月二六日まで医療法人仁風会牧野病院で通院治療を受けたが(甲六)、同月二八日未明に意識障害を起こし、大阪市立城北市民病院(以下「城北市民病院」という。)でクモ膜下出血と診断され(甲七)、同病院で治療を受けたが同年七月三日直接死因は脳動脈瘤破裂による特発性クモ膜下出血で死亡した(甲八、丙二)。

被告らは、亡伸一の脳動脈瘤破裂は、本件事故によるものではない、脳動脈瘤は外傷性のほかに、先天性、動脈硬化性、梅毒性、細菌性など諸種のものがあり、特に動脈硬化性の脳動脈瘤破裂は五〇乃至六〇歳に好発するもので、亡伸一の脳動脈瘤を本件事故による外傷性のものとすることはできない、と主張する。

亡伸一を解剖した証人鈴木廣一(以下「鈴木」という。)は公判廷で以下のとおり証言している。

「亡伸一の死因はクモ膜下出血であり、その原因は脳動脈瘤破裂によるものである。亡伸一には、本件事故前から脳動脈瘤があつた。何時、亡伸一に脳動脈瘤が生じたかは分からないが、動脈瘤は血管壁の弱い部分が年をとるとともに段々膨らんできたものであるから、脳動脈瘤は本件事故前に生じていた。精神的なストレスが原因となつて、脳動脈瘤を持つている患者がそのストレスにより脳動脈瘤破裂が発生することもある。最近の調査で、破裂した動脈瘤の人のうち七〇パーセントに何らかのストレスが加わつていたという報告もある。」

亡伸一については、実弟である証人杉田英與の供述や原告杉田律子の報告書(甲一二)によれば、「亡伸一は内向的で小さいことをくよくよする性格であり、六月二七日には亡伸一と会つたがその時亡伸一は頭痛を訴えていたこと、その夜に電話で話をしたが、治療を受けていた病院の処置や、治療内容がレントゲン撮影のみでCT検査をしていないことを気にしていたことや、被告林の父親から電話がかかつてきて事故の原因について被告林が悪くはないと言つているとかの話があつて、そのことを非常に気に病んでいた。」ことが認められる。

亡伸一の事故後の右のような状態からすれば、亡伸一の性格もあつて、本件事故により相当な精神的ストレスがあつたことが推定され、前記鈴木の証言により、ストレスによる脳動脈瘤破裂の可能性があるのであるから、亡伸一についても本件事故によるストレスが原因となつて脳動脈瘤破裂に至つたものと認められる。

なお、城北市民病院の診療録に「外傷については関係が少ないと考えている。」との記載があるが、外傷による直接的な脳動脈瘤破裂との関係とも読め、前記認定を否定するものではない。

そうすると、本件事故と亡伸一の死亡との間には因果関係があるというべきものであるが、亡伸一には、もともと脳動脈瘤という体質的素因があり、その素因が死亡という結果発生の原因の一つとなつていることも否定できないのであるから、このことを考慮すると、本件事故が亡伸一の死亡についての寄与した割合は五割とするのが相当である。

四  損害額・被告林、被告日動火災について(括弧内は原告らの請求額である。)

1  治療費(二六万七〇〇四円) 二六万七〇〇四円

牧野病院の治療費の自己負担分が八九〇四円、城北市民病院の自己負担分が二五万八九一〇円であるので(甲一一、一二)、治療費は二六万七〇〇四円である。

2  入院雑費(七八〇〇円) 七八〇〇円

亡伸一は六日間入院平成五年七月三日に死亡したのであるから入院雑費については一日一三〇〇円として算定し、七八〇〇円が相当である。

3  文書料(一万二二七〇円) 一万二二七〇円

文書料は一万二二七〇円である(甲一〇、一一)

4  逸失利益(二四三七万三〇二〇円) 二二七二万〇二〇四円

亡伸一は、本件事故当時NHKの委託地域スタツフとして平成四年度の所得は三七七万八四七〇円であるので、右金額を基礎とし、生活費控除を三〇パーセントとし、死亡時の年齢である五六歳から六七歳まで就労可能として新ホフマン係数により損害の現価を算定すれば、次の算式のとおり二二七二万〇二〇四円となる(小数点以下切り捨て、以下同じ)。

3778470×0.7×8.5901=22720204

5  葬祭費(八二万九〇〇〇円) 八二万九〇〇〇円

葬祭費として八二万九〇〇〇円を請求するが右金額は相当である。

6  死亡慰謝料(二一〇〇万円) 二一〇〇万円

死亡慰謝料として二一〇〇万円を請求するが右金額は相当と認められる。

7  損害額小計

以上のとおり認められるので、亡昭十四の損害額は四四八三万六二七八円であるが、前記認定のとおり、本件事故についての寄与度に応じ減額すると五割である二二四一万八一三九円が損害額である。

五  過失相殺

右損害額に前記認定の五割の過失相殺すれば残額は一一二〇万九〇六九円である。

六  損害の填補

自賠責保険から六万五四二〇円の損害の填補があるので損益相殺すると損害額は、一一一四万三六四九円である。

七  被告林に対する請求と、被告日動火災海上保険株式会社に対する自動車損害賠償保障法第一六条に基づく請求は、同一の損害填補になるから連帯債務となる。

八  相続

原告喜久子は亡伸一の配偶者、原告杉田伸代、同杉田隆、同杉田律子は子であるので、原告喜久子は二分の一、原告杉田伸代、同杉田隆、同杉田律子は各六分の一づつ相続した。

九  弁護士費用

弁護士費用としては一一〇万円が相当である。

十  被告協栄生命に対する請求について

前記認定したように本件事故についての亡伸一の死亡との因果関係は肯定され、亡伸一の過失についても前記認定どおりであるので、右過失の程度では勤労団体保険災害保障特約第一四条一項に規定する重大な過失とは認められないので、被告協栄生命は、右保険金受取人である原告喜久子に対して保険金額である三〇〇万円の支払い義務がある。

第四結論

以上によれば、原告らの請求は、被告林達也に対し、原告杉田喜久子において金六一二万一八二四円及びこれに対する平成五年六月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告杉田伸代、原告杉田隆、原告杉田律子において各二〇四万〇六〇八円及びこれに対する平成五年六月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で、被告日動火災海上保険株式会社に対し、被告林達也と連帯して、原告杉田喜久子において金六一二万一八二四円及びこれに対する平成六年六月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告杉田伸代、原告杉田隆、原告杉田律子において各二〇四万〇六〇八円及びこれに対する平成六年六月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で各理由があるのでこれを認容し、原告杉田喜久子の請求は、被告協栄生命保険株式会社に対し金三〇〇万円及びこれに対する平成六年六月一〇日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官 島川勝)

交通事故現場見取図

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